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2014.06.23 Mon

12日の木曜日、母から一通のメールが来てた。






お母さんだけこっそり呼ばれ、先生からお父さんの状況がかなり厳しいと言われたこと。
本人が治療に前向きなのでお父さんには内緒にしてること。
明日から病院に泊まるつもりだと。



父は肺がんの治療のため、入院していた。



手術ができる状態ではなかったが、他への転移は見られず、抗がん剤も効いていると聞いて安心していた。

今回の抗がん剤治療も、暫くすると自宅療養に切り替わると思っていた。



必ず土曜日に家族全員会いにくるよう看護師さんの勧めで、お見舞いに顔を出すと、父がいつもより怠そうに横になっていた。

水曜日に顔を出したときより体調が悪そうだった。

私と旦那さんの顔を見ると、真っ先に
「鳥取は?」
とかすれ声で声をかけた。
旦那さんの鳥取出張がこの週末だったと思ってたようで、わざわざ切り上げて自分のところに来たのではないかと心配したようだった。

来週だよ、心配しなくて大丈夫だよ。
調子が悪いって聞いて心配したよ。
今が正念場だね。



父は食欲が無いのに、一生懸命ヨーグルトを口に運んでいた。

一日早い父の日、この日が家族そろって父と会話ができた最後の日だった。



父は眠っていることが多くなった。



今後この状態が続くか、いつどうなるか分からないと言われ、土日月は母と妹が交代で父の病室に付き添ってくれた。

月曜日の夕方、仕事に出ていた私と弟も、急ぎの連絡を受け駆けつけた。

それからみんなで病室に付き添い、旦那さんに何度か着替えや差し入れをしてもらった。






18日の水曜日
21時10分、
家族みんなで父の手を握り
その時を迎えた。

酸素マスクを私が外すと、
父の顔はほころんで笑っていた。






葬儀の時に降っていた雨は式が終わると止んでしまい、「別れの涙みたいだね」と旦那さんが言った。



お父さんの涙かな、私たちの涙かな。

枕元で何度も言ったけど、みんなの声聞こえたかな。



ありがとう。

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